スポンサーリンク

言葉で伝えたい思いを届けよう

スポンサーリンク
気付き

こんにちはまいちんです。

いつもありがとうございます。

私が産まれた日は大雪の日でした。

今家で出産される方もいる時代

私は家で出産しました。

産まれるまでの産婆さんが

今で言う助産婦さんです。

大変な思いをして来てもらって

産まれました。

父親はな〜んだ女かと言って外に

お酒を飲みに行ってしまいました。

お酒飲むたびに父親は

その先生がいなかったら

産まれて

来れなかったんだからお礼を言

いに

行かないとだめだとばかり

お酒を

飲むたびに言ってました。

祖母は観音様にお札をもらいに

行っては天井に張ってくれました。

いつも観音様にはお礼を言いに

行かないといけないんだよと言って

ました。

夕方になるとお酒飲みを連れて

父は家に来るのです。

母は父に言うと喧嘩が始まります。

私はよく近くのおばあちゃんの家

まで素足で走って行きました。

なんでこんな家に産まれてきたんだう。

つまんない、母はもっと学校であった

事を話しなさいと言うけど、私は喋らな

い子でした。

産まれた時から、心を閉ざし

話したくないのに何を話すのと

心の中で思ってました。

テレビでコマーシャルしてる

おもちゃが欲しいと思っても

言う事ができませんでした。

言う事か嫌だったからです。

この家は嫌いこの親も嫌い!

幼少期の私に何処かへ行く事も

できず、弟が産まれ男が産まれた!

と喜ぶ父親、おもちゃもなんでも

買ってしまう。

他の人にも買ってもらう弟に

小学生時代は何処かに行ってしまい

たいくらいでした。

心の病になりそうな時でした。

近くのおじさんが少年団

と言うのを作ったのをきっかけに

ソフトボールしたり、富士さんへ

山登りしたり、スキーをしに行ったり

出来たのでなんとか心が保たれたの

ですね。

親からの愛と言うのは全く分か

らなかったです。

ネガティブで心は閉ざし、

母に話す

事もなく積極的でもなく

いつどう

なってもいいやと思って大人に

なったのです。

こんなネガティブな私が美容師

なりました。

人と話してお客様に次来てもらえる

様にする様にはどうすればいいのか?

という教育をしてもらって

人と話すには

天気やその人の服や化粧等

何でもいいから褒めてあげる。

事から話ができて行くように

なってきました。

何をやってもいい加減でした。

丁寧にする事が嫌だったのです。

適当と言う言葉が私には

合ってました。

こんな私がお酒も飲まず優しい家庭で

結婚してからシンデレラストーリー

に変わるのです。

結婚する時に決めた相手は

私がその人を思うのではなく

私を思ってくれる人と決めて

いました。

結婚をしてから人を知り相手を

思い思いやる

幸せな家庭になって行きます。

ネガティブでもうどうなっても

いいと思ってた私が、こんな素敵な

人と出会った事が今にあります。

 

読んでいただいてありがとう

ございました。


コメント

タイトルとURLをコピーしました