講演家&PCスキルアップアドバイザーの晴田です。
今日はどうでもいいことを追究して、すべてが台無しになるというお話です。
大事なことは何か
大事な本質を無視して
どうでもいいことですべて否定して
台無しにしてしまう人がいます。
本当かどうかは大事で
そういう議論の場では
そこは押さえるべきですが
真実かどうか分からないものだとしても
そこから学ぶ人がいるのならば
それには価値があると私は考えています。
これでは分からないですよね。
分かりやすい例を挙げます。
江戸しぐさ
一時期
江戸しぐさというものが話題になりました。
CMでも紹介されていましたね。
要するに
江戸時代の思いやりのある
しかも何気ない行動について
江戸しぐさとしてさまざま紹介されていました。
例えば傘を差していて
すれ違うときに
お互いに傘をかたむけて
傘どうしがぶつからないようにする
「傘かしげ」であったり
一人分の座席をつくる
「こぶし腰浮かせ」
さらにお礼を言われても、笑顔で一言「お互いさま」と返す。
単純に人間としてのあり方を示す素晴らしい例だと思うのです。
事実でないという指摘
ところが
この江戸しぐさが
本当に存在したという根拠はない
ということが
いわゆる知識人の方によって明らかにされました。
なるほど
歴史上存在した根拠はないということですね。
知識として得ることができました。
ありがとうございます。
それで?
って思う訳です。
それが本当かどうかということが
何より大事なことであれば
こうした鬼の首をとったような姿勢も
問題ないと思うのですが
大事なことは
ここから学べる人間のあり方や
ちょっとした思いやりで
皆が気持ちよく過ごせる
ということなのではないかと感じます。
つまり
この話が本当かどうかというより
あぁ、こういう気遣い大事だな
と感じて
よし、雨の日に「傘かしげ」やってみよう!
と思い、行動する姿勢ではないかと思うのです。
それで世の中に少しでも思いやりと優しさが増えれば
そこには何の問題もないと感じます。
ただ、こういった場合には
こんなものはエビデンスがないのです!
嘘なのです!
存在しなかったのです!
で終わってしまいがちで
本当に大切なことは忘れ去られてしまいます。
失うものしかないと感じます。
まとめ
たとえ内容が事実でなかったとしても
それが役立つものであるのならば
その役立つという事実を
もっと大事にしても良いのではないかと感じます。
本質を見誤った
せせこましい心を感じてしまうのは
私だけでしょうか。
今日もありがとうございました。


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